モノオモイな日々 Lost in Thought

過去の覚書、現在の思い、未来への手がかり

「中国近代史を読む」浅田次郎

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今朝、「オーディブル通勤」で聴いたのが、浅田次郎さんの「中国近代史を読む」という講演。文藝春秋の文化講演会シリーズのひとつで、1998年の録音だ。タイトルはやや堅苦しいが、浅田さんの明るい語りで、肩肘張らずに聴くことができる。


「受験科目ではない」という理由で歴史をおろそかにしていた僕は、大人になるにつれて「歴史を学んでおくべきだった」と後悔し、その思いは歳を取るごとに強くなってきた。後悔するなら歴史の本を読めばいいじゃないか、と言われれば、そのとおり。でも、ほとんど基礎知識がないと、どこからどうやって歴史を知ればいいのかもわからないのだ。雪玉づくりでいうと、最初に作るおにぎりのような芯がないから、転がしようがないのだ。だから大きくならない。


そういう僕には、講演会で歴史を学べるのはとてもありがたい。今回の浅田さんの講演も、知らないことばかりで、たくさんの刺激を受けた。


浅田さんは、アヘン戦争のことを「史上最低の戦争」だという。歴史に疎い僕でも、英国が中国にアヘンを売りつけて、中国人をぼろぼろにした、ということは知っていたが、浅田さんの話を聴くと、まったく大義名分も正義もない戦争なのだとよくわかる。

1800年代の清朝はとても豊かな国だった。食べ物はもちろんのこと、絹や工芸品なども世界最高峰で、他の国に頼る必要もなかった。そんな清朝と貿易をしたかったのが英国。当時、インドから持ち込んだ紅茶が国中に広まり、さらに多くの、品質のいい紅茶を清に求めた。しかし、清は豊かな国だから、英国には交換するものがない。紅茶を買うために銀が流出するのをさけるため、英国が売り込んだのが、アヘンだった。

アヘンは強力な麻薬だ。あっという間に中国に広まり、清の人々を蝕んでいった。それに業を煮やした清朝政府は、英国から持ち込まれたアヘンの引き渡しを要求したが、英国が受け入れないため、貿易を停止し、持ち込まれたアヘンを強制的に廃棄した。そのことを理由に英国がしかけたのが、アヘン戦争だ。


あきらかに、正義は清朝にある。英国のやったことは、犯罪と言いがかりでしかない。清はそれに正々堂々と抗しただけだ。しかし英国は、その後のアロー号事件(これもまた英国の言いがかりで起きた事件である)などを「理由」に、徐々に清朝を侵略し、ついには滅亡させてしまう。


歴史は、その歴史を残そうと考えた者に都合よく脚色されるものだ。場合によっては、勝利者に都合のいい、事実とはまったく正反対のことも書かれるだろう。しかし、たとえ「西洋側」にいたとしても、アヘン戦争に始まる英国の侵略戦争は、許しがたいものだ。そんな歴史を知ると、今の中国が西欧に反発することもよく理解できる。中国は西欧に貶められたのだ。過去と同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。そんな気持ちはよくわかる。


浅田さんが教えてくれるのは、ひとつの書物に書かれた「史実」をすべて「事実」だと思ってはいけない、ということ。真実を知りたければ、できるだけ多面的に、総合的に、注意深く出来ごとを見る必要がある。有名なアヘン戦争の経緯はすでに多くの人が知るところだが、他の紛争や侵略はどうなのだろうか。ニュースや「知識人」が伝えていることは真実なのか?少なくとも、巷で知られていることを鵜呑みにせず、少し天の邪鬼になるくらいに疑ってみることも必要だろう。



そんなことを、一時間ほどの楽しい講演で、考えさせてくれるのは、さすが「泣きと笑い」(と、自分で述べている)の浅田さんだ。浅田さんの語りには熱がある。中国への深い愛がある。悪く言われている友人に、こいつは根っから悪いやつではないんだ、こいつの行動にはちゃんと訳があるんだ、と、親友を思い、代弁しているように聞こえるのだ。