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モノオモイな日々 Lost in Thought

過去の覚書、現在の思い、未来への手がかり

可能性の雲

人生を通じて行い続けなければならないことをひとつだけあげるとすれば、それは「可能性の雲」を育てることだと思う。

「可能性の雲」と言う言葉は、ある本(*)の焼き直しだ。その本は、ある人気番組の面白さをカウンセリングの視点を交えて分析するものだが、その結論であり、キーワードとして、「可能性の雲」と言う言葉が出てくる。(詳しくは本を読んでほしい。)

この「可能性の雲」を僕なりに解釈すると、知識と経験、思想が分離されず渾然一体となった、創造力の源のようなものだと思う。それは、ES細胞やiPS細胞のように、今はどんなものでもないが、将来どんなものにもなれるものだ。

世の中で生きるためには、何かを表現し続けなければならない。自分の能力、実績、証拠、意思…。常に外への表現と伝達が求められる。それが社会だ。

しかし、表現したものでしか評価されない(できない)ことに慣れていくと、そちらばかりに目が行く。いわゆる「表向き」だけにとらわれてしまう。

表現できるのは内面のほんの一部であることを知りながら、内面を探求し、内面を充実させることが、だんだん疎かになっていく。そうして、空虚な安っぽい人間になってしまう。

人はその内面に「可能性の雲」を持っているからこそ、成長していける。人は「可能性の雲」によって生きられる。「可能性の雲」には形がないが、漠然とした理念ではない。様々な実体を生む、唯一の温床なのだ。

 

>>「人以魚不如授人以漁」(人に魚を与えれば、一日食べさせることができる。しかし、魚釣りを教えれば、一生涯食べさせることができる。)~老子~<<

 

僕たちは、自分の中の「可能性の雲」を、育て続けなければならない。

 

(*) 佐々木玲仁「結局、どうして面白いのか。『水曜どうでしょう』のしくみ」