モノオモイな日々 Lost in Thought

過去の覚書、現在の思い、未来への手がかり

僕が安保法制に反対する理由

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僕は、今回の安保法制に強く反対する。その理由として、法案が違憲であるから、政府の独裁的なやり方が気に入らないから、平和主義を貫くべきだから、といったことはもちろんある。しかし、僕にはもっとリアルな危機感がある。ただ、その危機感の正体を分析し、整理して明確な言葉にするにはいたっていない。多くの思いや考えが交錯し、どのような軸でまとめればもっとも伝わるのだろうか、それを裏付ける事実はなんなのだろうか、というもどかしさと戦っている状態だ。

一方で、ただ自分の中で考えているだけでは何にもならない、とも思う。数カ月後に述べたところで何の役にも立たない。そこで、舌足らずであることは承知のうえで、今の考えをまとめてみることにした。


集団的自衛権はアメリカの肩代わり

まず僕は、今回の安保法制、とりわけ集団的自衛権と呼ばれるものは日本の安全を高めるどころか、日本をより危険な状態にするものだと思う。今日(7月26日)のサンデー・モーニングで田中秀征氏は「(集団的自衛権の本音は)資金、人、危険の3つの面でアメリカの肩代わりをするものだ」と述べていた。その通りだと思う。今まで世界の紛争に積極的に関わってきたアメリカは、その方針を転換しつつある。特に自分たちにそれほどメリットのない紛争については関わりたくないというのが本音だろう。そのひとつが東アジア地域であり、中国と敵対することだ。中国の暴走は止めたいが、その矢面に立つのはリスクが大きい。そう考えるアメリカは、このやっかいな仕事を肩代わりをしてくれる国があれば喜んでその役目を譲りたいと考えているのだ。このあたりのことをストレートに表現している記事が、週刊実話の「現役100人に聞きました 「安保法制」ヤクザが朝まで生激論!!」だろう。「安保法制はアメリカを利するだけ」というヤクザの指摘は鋭い。言葉は悪いが「戦う現場のプロ」として傾聴に値する。

つまり、日本が東アジアの「防衛」に関与すればするほど、アメリカは身を引いていく。表向きは日本を賞賛しながら、裏で舌を出している。これは中国をよく思っていない他のアジアの国々(ベトナムやトルコなど)も同じだろう。実際、中国の進出を警戒するアジア諸国は今回の安倍政権の動きに好意的な反応を示している(安倍外交をアジア・アメリカはおおむね評価、反発するは中韓のみ - ガベージニュース)が、それを単純に喜ぶのは浅はかなことだ。日本が頑張れば頑張るほど、日本は危険な状態になっていく。こんなに虚しいことはない。


第3国の支持は得られない

紛争を当事者どうしで解決するのは困難だ。当事者には必ずそれぞれの「正義」があり、いったん衝突がはじまれば、自分が間違っていると認めること、自分が先に譲歩することはとても難しい。当事者だけで解決しない問題を解決へ近づけるための唯一の方法は、部外者の視点から見ること。第三国がどう考えているか、感じているかを冷静に分析することしかない。

これについては、たとえば「中国は好きか嫌いか、世界各国の人に聞いてみた(不破雷蔵) - 個人 - Yahoo!ニュース」のような調査を先入観を持たずに見ることだと思う。この調査では、中国を友好的に見ている日本人はわずか9%しかなく、各国の中でも際立って低い。中国との衝突に面しているベトナムやトルコの国民でさえ、日本ほど中国を嫌悪していない。つまり、日本人の、中国に対する嫌悪感は世界的に見れば異常だと認めなければならない。

【追記 2015/8/5】「中国が超大国になる」とかんがえる国民の割合は、ヨーロッパ諸国は50%以上、米国でも46%ある。一方、日本は20%と突出して低い。日本だけが正しいと考えるのは当然、無理がある。日本や一部の東アジアの人たちは「中国に大きくなってほしくない」という気持ちが先行し、中国に対する将来予測も冷静におこなえない状況にある、といえる。


また、(それが意図的なものかどうかは別として)普段情報が入りにくい中東の国々は、今回の日本の動きをどう思っているのか。中東の安保法案報道、広がる「米国と一緒に戦う」日本像(川上泰徳) - 個人 - Yahoo!ニュースという記事によれば、アラブ諸国は今回の日本の動きを「日本は初めて海外の戦闘のために出兵を認める安保法案を可決」と報じているようだ。いくら国内で「平和法案」や「安保法制」といった耳にやさしい言葉を使っても、海外で報じられる際にはストレートな言葉に翻訳される。そして、その翻訳にはその国の受け止め方が明瞭に現れる。

中国を絶対的な「悪の枢軸」のように考える日本人は少なくないようだが、海外の国から見れば、そう考える日本のほうが「悪の枢軸」と思われるおそれは十分にあるのだ。もし、アメリカが手を焼いている中東の紛争解決に、日本が集団的自衛権を行使して「助太刀」あるいは「肩代わり」として介入すれば、どうなるだろうか。誰にでも想像できることではないか。


過去の「成功体験」は通用しない【追記 2015/9/16】

安倍首相が国民の声を無視し、これだけ強気でこの安保法案を押し通せるのは、祖父、岸信介氏の「成功体験」があると言われる。当時、米国との軍事同盟関係を強める安保法制に国民の多数が反対したが、結果的には日本は経済的に繁栄できた。反対を押し切って米国を選んで成功だったではないか、というものだ。おそらく安倍氏は、学者を含む一般国民は政治の素人であって、政治家はそんな「政治的愚民」の意見を聞くべきではない、と本音では考えているのだろう。

家系にまつわる過去の「成功体験」に酔うのはいいが、政治家なら世界全体を見て、当時とはまったく状況が違うことを認識すべきだ。

岸の時代は、ソ連・共産圏と言う(米国にとって)明確な「敵」がいた。その「敵」に対抗することが第一義の目的であって、その目的以外の多少の犠牲はやむを得ない、という状況があった。つまり、日本や他の国を守ることは、それらの国々のためではなく、自分たち自身の大きな「国益」のためであった。その下で、幸運にも日本はうまくやってこれたのだ。

今の状況はどうか。端的に言えば、米国は中国と本気で対峙・対立するつもりはあるのか。答はNoだろう。米国は、過去の対ソ連のように、本気で反中国勢力を結集しようとは思っていない。たとえ、政府の一部がそう思っていたとしても、賛同する国はほとんどいないだろう。それどころか、中国の暴走は抑えたいが、本気で対立はしたくないという矛盾した思いの下では、自分たちは最前線から一歩身を引くのが最善だと思っているはずだ。その代案が、日本や東アジア諸国の「自立」を促すことなのだ。つまり、今と60年代安保とはまったく逆の構図にある。

さらに言うと、米国が本当にやっかいだと思っているのは、ISIS(ISIL)をはじめとする、中東の(米国にとっての)過激派勢力だろう。うまくいけば、集団的自衛権の名のもとで、中東紛争に日本の「助太刀」を得て、泥沼化している中東情勢を少しでも楽にしたいと思っている。そんなところに日本が巻き込まれれば、日本は中東勢力からまちがいなく敵国とみなされる。その裏にはロシアもいる。強力な軍隊を持つ米国には反撃しにくいが、軍事力の劣る日本なら叩ける。そうして、日本は事実上、米国の「人質」になるだけだろう。仮に日本が大量のヒト・モノ・カネを投入して(あるいは犠牲にして)軍事力を増し、中東情勢を収めることができたとしても、今度は日本が米国にとって脅威になる可能性は否定できない。過去のイラクを見よ。歴史上、同盟国が敵国になった事例はあまたある。

自らの破滅の道をすすむために、ルビコン川を渡ろうとしているのが今の日本の状況だ。悲劇を通り越して、笑えない喜劇としか言いようがない。



日本の「軍事力」はあきらかに不足

日本の現在の「軍事力」はどれほどのものなのだろうか。2015年のGlobal Fire Power (GFP) Listでは、日本の軍事力ランキングは世界第9位である。なお、GFP Listには核兵器や、現在の政治的・軍事的指導力などは考慮されていないから、あくまでもひとつの目安と考えるべき指標だ。また、世界9位といえども、トップの米国・ロシアと比べればPower Indexで2倍以上の開きがあるし、第3位の中国とも現在で1.5倍以上の差がついている。今後の中国の軍事費の伸びを考えれば、米ロ中が肩を並べる日も近いだろう。なによりランキング上位の国々のほとんどは核保有国だ。なお、米ロ中・韓国と日本との軍事力の差は、こちらのAFPの図解も参考になる。

これらを冷静に見るかぎり、日本の「軍事力」は中国に(また韓国にさえ)及ぶものではない。日本の自衛隊には実践経験がまったくないことを考えれば、軍事力の差は数字以上に大きいだろう。いくら優秀なスポーツ選手を集めても、一度も試合をしたことがないチームが好成績を残せるはずがない。また、自衛隊の隊員の中で、集団的自衛権保持後の活動に進んで従う意思をもつ者は約6割という調査もある(安保法制に揺れる自衛隊員のホンネ…「無関心派」が半分!? 残り4割は「やる気なし」 | 日刊SPA!)。彼らは海外での戦闘に参加するつもりはなく自衛隊に入ったのだから、けっして責めることはできない。
 

安倍政権集団的自衛権を行使することで、米国と共同で---実質的には「下請け」として---実践(実戦)経験を積み、軍事力を蓄積することを目論んでいるのだろう。しかし、そのような過程を踏み、他国並みの「軍隊」になるにはいったい、どれくらいの時間とお金が必要なのだろうか。その議論がなされているとは思えない。ここには、ぜひ新国立競技場の教訓を活かして欲しい。デザインだけでは物事は実現しない。ゴールが困難なほどコストがかかるという教訓だ。ちなみに日本の防衛費の対GDP比は約1%。対して中国は2.1%、韓国は2.6%。米国は3.5%だ。日本が他国並みの「普通の国」になるには、少なくとも現状の倍の防衛費がいるだろう。現在の防衛費は年間約5兆円なので、その倍の10兆円をかけることになる。日本にそのような巨額の費用を捻出する余裕が無いことは、誰の眼にも明らかだ。


危険にさらされる民間人

軍事力の不足は、実戦経験や防衛費の増額だけでかたづく問題ではない。現在の自衛隊内部には技術者がまったく足りていない。防衛省管轄の研究所はいくつかあるが、そこで働くスタッフは研究者というより官僚に近い。自分自身が研究開発するのではなく、防衛産業の企業に資金を分配し開発を行わせる管理業務が大半を占めているのだ。彼らには兵器をゼロから開発する能力はおろか、機器を改良する経験も設備もないし、企業が作成したマニュアルの想定外の対応をおこなう知識もない。

このような技術力不足をカバーするのが、民間の技術者・技能者たちだ。これは衆知の事実だろうが、自衛隊が海外に派遣される際には、企業の技術者・技能者も同行している。過去のPKOでは、民間人技術者が現場で作業してきたのだ。どこまで公表されているのかまでは調べていないが、作業内容や作業場所について正確な申請がなされていないなら、違法の疑いは強い。

さらにミッションによっては技術者だけではなく、人道支援や医療支援のNPONGOのスタッフ、報道関係者も「戦場」に同行する必要があるかもしれない。集団的自衛権によって自衛隊の活動範囲が広がれば、これらの民間人はより高いリスクにさらされることになる。もし集団的自衛権を法制化するなら、早急にこれら自衛隊に同行する民間人の立場と、万一のことが起こった際の処置について明確にすべきだ。彼ら民間人は自衛隊の「陰の存在」であり、その活躍が賞賛されることはほとんどない(特に「秘密扱い」の技術者は)。これこそ「無駄な汗(それが血にならないことを願うが)」であり、なぜ民間人がその責務を負わなければならないのかについて、国民が納得する必要がある。


安全保障とは軍事力ではなく、外交力

安全保障イコール軍事力という固定観念を持っている人が多いようだが、これはまったく間違っている。軍事力は安全保障の手段のひとつでしかない。つきつめれば、安全保障とは外交力、すなわち、いかに多くの国と友好関係を結ぶのか、ということにつきる。

たとえば、今回の安保法制が必要な事例として、たびたび語られるホルムズ海峡やシーレーンの問題。中東から日本へ石油を運搬することができなくなれば、日本は大混乱に陥るという。ここでの仮想敵国はイランであり、中国も匂わせる。しかし、この根拠にはまったく無理がある。米国との関係を修復しつつあるイランがそんなことをするのかという疑問がひとつ。また、シェールガスに沸き立つ米国にとって、中東のシーレーンの重要性は低下しているといわれる。日本とともにシーレーンを封鎖された時に困る当事国の筆頭はあきらかに中国なのだ。つまり、イランであれ、他の国・組織であれ、ホルムズ海峡やシーレーンが機能しなくなれば、日本は中国とともに改善へむけて努力するのがもっとも効果的であり、効率的である。中国自身が何らかの理由でシーレーンを封鎖するおそれがあるというなら、なおさら中国との友好関係を強化することが、シーレン安全保障の最良の手段ではないか。そういうことが可能になる関係を事前に結んでおくことが、日本の安全にとって必要なことだ。逆に中国と敵対すれば、中国がシーレーンへ問題への「非協力者」「侵略者」となるおそれが高まる。

もう一度いう。安全保障とは外交力であり、友好国を増やすことにつきる。その方向での外交は、日本人の多くがもっとも大事だと考える経済についても、大きなプラスであることはいうまでもない。


怖いのは政府の独裁よりも国民の「自発的隷従」

戦争とはどういうものなのか。戦争を体験していない僕たちの世代は実感としてわかっていない。戦争体験者が少しずつ減っていく中、彼ら・彼女らの生の声を聴ける機会も減っている。しかし、その気になれば書籍を紐解き、あるいはネットで検索することで、かなりの知識を得ることはできる。幸運にもテクノロジーの進歩によって、すでに亡くなった人の生の言葉さえ、ネット上の動画を通して知ることができる。

そんなふうに過去の貴重な資料を見る中で、僕がますます確信を深めたのは、現代の戦争は一部の為政者だけが勝手におこなってきたものではない、ということだ。戦争の背後には、かならず国民の支持があった。極端に言えば、過去の戦争はすべて国民の同意によって行われた、と言ってもいいのではないか。

たとえば太平洋戦争で敗戦した後、「ほとんどの国民は戦争には反対だった」と表現した文章はすくなくない。残念ながら、これは嘘だと思う。多くの人は、心の奥底では戦争に反対だったかもしれない。しかし、そのことを実際に声にしただろうか。戦争をやめよう、と叫んだのだろうか。戦後、反戦活動に身を捧げた人でさえ、戦時中は沈黙していたか、むしろ、日本の勝利を願っていたのではないか。たとえば、国民の人権を守るべき弁護士会でさえ、先の戦争中は政府に加担したことを認め、戦後70年経った今でも反省している。

戦時中、このような異常な状況であったという根拠は、たとえば、伊丹万作の「戦争責任者の問題」や、名著「アドルフに告ぐ」をテーマにして手塚治虫がテレビで語った言葉がある。伊丹は、戦時中は戦争に加担しながら、敗戦となると手のひらを返したように「だまされた」と言って戦争責任者の糾弾に走る同業者を強く批判した。手塚は戦後一貫して反戦と生命の尊厳を訴えた漫画家だが、その彼自身でさえ敗戦の瞬間は「正義が敗れた」と落胆したと述べている。

僕はこのように、戦争に巻き込まれ、加担していった人たちを責めたいのではない。人間とはそういう弱い存在だ、と言いたいのだ。戦争や飢餓などの極限状態に陥り、理性や理想よりも、憎しみや恐怖がはるかに大きくのしかかった状態になった時、人間には冷静な判断はできない。それが、生命としての自己保全を最優先する人間の限界なのだ。伊丹や手塚、その他の多くの戦争体験者が教えてくれていることは、そのような状況に入る前に止めるしかないということ、できるだけ早い段階で、戦争にすこしでも近づかない努力をするしかないということではないだろうか。

人間は、いったん恐怖や憎しみの状態に入り込んでしまえば抜け出せない。だから、そこに入る前に必死で抵抗する必要がある。「少しくらいいいじゃないか」「これくらい大丈夫だ」という甘さを積み重ねているうちに、振り返ってみれば後戻りできないところまで来ている、ということになってしまう。今、その一歩手前まで来ている、と僕は感じる。だから今、声を上げているのだ。


【追記 2015/9/17】TEDに、ちょうどこういう動画があった(David Rothkopf: How fear drives American politics | TED Talk | TED.com)。「恐怖」という感情で世の中を動かし、真の問題を直視しようとしない米国政府を、ジャーナリスト・David Rothkopfが糾弾したトークだ。Rothkopfは、この状況を解決するための第一歩は、モバイル機器とインターネットによって急速に拡大した民間の力を信頼することと、為政者と科学者・技術者の対話を促すことだという。「恐怖」で人々を動かす政治は時代遅れなのだ。この時代の流れに逆行し、ふたたび「周回遅れ」にならない政治を熱望する。




以上が僕が今回の安保法制に反対する理由だ。比較的現実的な国際関係から、人間の逃れられない習性への懸念まで幅広いが、それでもすべての理由は書ききれていない。根拠も十分書けたとは思っていない。その点ではもどかしさは残ったままだ。ただこれらの軸をさらに深く考えていくことで、少しでも確度の高い真実に近づけると思っている。

戦争を始める際は、必ず「正義」が幅をきかせはじめる。自分たちは間違っていない、悪いのは相手だ。悪は滅びなければならない。我々こそ平和に貢献する国だ。-----そんな大義が声高らかに叫ばれ始めたら、あえて疑ってみるべきだと思う。「太平洋戦争開戦の詔勅」と同じ過ちを繰り返そうとしていないか、冷静に考えてみることだ。

憲法は国民の理想像

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よい政治とは「勝ち負け」の対極にあると思う。尊敬できる政治家とは、ひとりよがりの決断を「強いリーダーシップ」だと誤解している人ではなく、すべての人に耳を傾け、可能なかぎり「Win-Win」をめざす努力をする人だ。

国民が心から賛同できる理想をかかげて、たとえ困難であっても、そこに近づくための努力を続ける。国民に嘘をつかず、権力を振りかざさず、国民とともに考え、行動する。そんな政治なら心から応援し、協力したい。僕たちは、本当は為政者と一緒に働きたいのだ。自分の国を誇りに思いたいのだ。そんな関係の中では、「勝ち負け」は重要ではない。

そして、そんな国民のめざす理想像をまとめたものが憲法だ、と僕は思う。今の時代にあっていないから、という理由で憲法を変えるのではない。今は夢でも「いつか、こんな国を創りたい」という国民の強い思いや理想が、憲法なのだ。憲法とは、その国のあり方そのものだ。

改憲や解釈変更をおこなう前に、まず日本がめざす理想像について話しあおう。後の世代もふくめ、すべての人に恥ずかしくない、誰もが誇りに思える憲法にするために。

「政治のことを語るのはやめておこう」と思う社会は、なにかがおかしい

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今、日本は、さまざまな問題に直面している。それら個別の問題はそれぞれ重要で、問題のとらえ方や解決策について異なる意見をもつことは、ある意味で健全だと思う。「その問題の、どこが問題なのか」を議論していくうちに、何を評価基準にすべきなのかという認識が国民の間ですこしずつ共有され、それにもとづいて是非の判断をくだす。それが「熟議」であり、民主主義の根幹だとおもう。


ただし、ここには重要な前提がある。議論に必要な情報が、国民の間で十分共有されている、という前提だ。


残念ながら、この重要な条件が失われつつあるのではないだろうか。たとえば、「報道の自由度」ランキングで日本が世界61位に後退したことは、その重要な警鐘のひとつだろう。この記事をみて僕は、できればそうあってほしくない、と思っていた現実を目の前につきつけられた思いがした。「ああ、やっぱりそうか」という失望感と危機感だ。


今、もっとも恐ろしいのは、手に入る情報が偏り、あるいは、隠蔽され、僕たちが国民が疑心暗鬼になって萎縮してしまうことだ。なぜならそれは、あらゆる問題の解決をより困難にし、僕たちを誤った方向に(一部の人にとってのみ都合のいい方向に)導くからだ。


たとえば、ランチタイムに、あるいは、Facebook上で、政治のことについて語るのを躊躇していないだろうか。原子力発電や特定秘密保護法集団的自衛権について、自分の意見を公にするのをためらっていないだろうか。もし、そんなふうに、僕たちに深く関わる問題であるにもかかわらず「政治のことを語るのはやめておこう」と思っているとすれば、この社会は、何かがおかしい。そんな社会が幸福を実現できるとは、僕には到底思えない。


日本人がほとんどが「パノプティコンの囚人」にならないうちに、今、できることはあるはずだ。

クロが死んだ日

クロが死んだ。

今朝、オフィスで取った電話のむこうで、妻がそう言った。

ああ、ついにその時が来たんだーーーーー。

覚悟はしていた。それでも僕は、オフィスの椅子に座ったまましばらく動けなかった。




クロは、この数ヶ月、日に日につらそうになっていた。クロのお気に入りの場所は、とりかごの一番上の緑色の止まり木だったが、少し前からそこまで登るのがつらくなったようで、一段下の止まり木にとまるようになった。ここしばらくはさらにもう一つ下の止まり木にいることが多くなり、時にはエサ箱の中にはいったまま、出ようとしないこともあった。毛は逆立ち、昼間に眠ることも多くなった。日に日に死が近づいているのは明らかだった。

昨夜は家に帰ってから僕は一度もクロに目をやることはなく、今朝もクロの世話をしなかった。いつもなら鳥かごのカバーを取って、餌と水を取り替えるのは僕の役目なのに、今朝はそのままにして家を出たのだ。最期の日にクロの世話をしなかったのは心残りだけれど、僕がクロの死の第一発見者になったらきっと落ち込むだろう、そうクロは気づかってくれたのかもしれない。




クロが我が家にやってきたのは八年前、会社を作って半年ほどたった頃だ。息子が中学に合格したお祝いと誕生日のプレゼントを兼ねて、文鳥のつがいを飼うことにしたのだ。2羽は妻によって、シロとクロと名づけられた(僕は違う名前を提案したが、即座に不採択となった。その名前がなんだったのかは、もう覚えていない)。2羽はどちらも真っ白な文鳥のヒナだったのでどちらが「シロ」でもよかったのだが、片方は頭の上に黒い毛がかすかに生えていたので、そちらがクロとなづけられた。(実は僕には「かすかな黒い毛」の存在はよくわからず、シロとクロを見分けることはできなかった。結局、シロとクロがおとなになった後もずっと、見分けられないままだった。)

シロとクロは、鳥かごの外に出すと嬉々として家の中を飛び回った。棚の上にとまったり、食卓の上を跳ねまわったり、そうかと思うと突然こちらに飛んできて、僕の肩に止まったり。仕事中のノートPCのキーボードの上を跳ねまわることもあった。家族の中では僕の肩にとまることが一番多かったと思う。家庭では地位の低い僕だが、これは強調しておきたい。2羽の見分けがつかないわりには、僕はけっこう彼らに気に入られていたのだ。

シロとクロは仲が良かった。シロが他の部屋に飛んでいって見えなくなると、クロは「ピー、ピー」と不安げに呼びつづけた。シロが戻ってくると、ほっとしたように、また「ピー、ピー」と鳴いた(僕にはシロとクロの見分けがつかないので、もしかしたらシロとクロは逆かもしれない)。


シロは数年前に死んだ。なにか悪い病気に感染したのか、卵を産みすぎて体力を消耗したのかわからないが、ある日、足元がふらつくようになり、まともに止まり木にとまれなくなって、数日後には鳥かごの底にうずくまってしまった。横たわるシロの横で、クロは「ピー、ピー」と鳴き続けた。それは、シロを励ましているようでもあったし、僕たちに何とかしてくれよ、と訴えているようにも思えた。

シロがいなくなり、「一人」になったクロは、以前ほど鳴かなくなった。鳥かごの外にも出ようとしなくなった。それでも、朝、僕が目覚めて布団から出ると、その気配をさっして「ピー、ピー」と鳴くことだけは、ヒナの時から変わらなかった。「おはよー」と挨拶しているのか、「はやく餌くれよ」と訴えているのかはわからないが、毎朝聞くクロの鳴き声は、自分の生活に安らぎを与えてくれていたのだ、と今は思う。

クロの体力が衰え、もう先はながくないな、と感じ始めてからは、毎朝、「ピー、ピー」という鳴き声が聞こえてくると、ほっとした。ああ、まだ生きてる!と思えるのはささやかな幸福だった。




昨夜、会社から帰る車の中で、なぜか祖母のことを思い出した。

祖母が亡くなる数ヶ月前、僕は務めていた会社をやめ、東京から神戸に戻った。ちょうど同じ頃、妻の足にできものができて、万一、悪性のものだったらいけないからと隣町の専門病院で診察してもらうことになり、僕は何度か妻を車で隣町の病院まで連れて行った。偶然、その頃、祖母のいた「特養(特別養護老人ホーム)」が病院のすぐ近くにあった。妻が診察を受けている間、僕は手持ち無沙汰なので、祖母に面会に行くのがお決まりのコースとなった。とは言え、祖母との会話が弾むような話題はなかったし、そもそも百歳を超えた祖母は意識も衰えはじめていて、喜んでいたのかどうかもわからなかった。ただ、少なくとも僕が社会人になってから、あんなに多くの時間を祖母と共有したことはなかった。

結局、妻の足のできものは特段問題があるものではないと診断され、妻が通院する必要はなくなり、僕も祖母のいる特養を定期的に訪ねることはなくなった。

それからしばらくして、祖母は亡くなった。

祖母が亡くなる前に、僕が会社をやめて神戸に戻り、妻が隣町の病院に通院したのはすべて、祖母が僕を呼んでいたからだ、と思っている。もうひとつ不思議なことを付け加えると、祖母が亡くなった日の朝、その時飼っていた白いセキセイインコが家から逃げた。僕はセキセイインコを探しに外に出たが、結局見つかることはなく、落胆して家に戻ると、妻が悲しそうな顔で、「さっき、おばあちゃんが亡くなった、って電話があったよ」と僕に伝えた。


そんな話を、昨夜、車を運転しながら妻と交わしたところだった。

そして今日、クロもいなくなった。




エサ箱の中で横たわったクロの体は真っ白で、美しかった。その体に触ってみると、ごつごつした骨格の上にはりついた、薄い肉が感じられた。思ったより暖かく、ほのかな柔らかさもあり、まだ生きているようにも思えた。妻は、昨夜は普通に見えたのに、と悲しげに言った。少なくともクロは、傷ついたり病気になって死んだのではない。天寿をまっとうして、安らかに眠りについたのだ。そのことは、僕たちの気持ちを少し楽にしてくれた。


僕が会社を作り、息子が中学に入ったその年からずっと僕たち家族と一緒にいてくれたクロ。会社はそれなりに実績を作り、息子は大学生になって東京に行った。「もう僕の役目は果たしたよね。そろそろ休ませてよ」。きっとそう言いながら、クロは逝ったんだろう。

主のいなくなった鳥かごから、かすかに「ぴー、ぴー」という鳴き声が聞こえた気がした。


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伊坂幸太郎「3652」

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伊坂幸太郎のエッセイ、「3652」を読んでいる。日曜日の新聞で文庫本化の広告を見て、「これは読まねば!」と神の啓示めいたものを感じて、Amazonで購入したものだ。


そう書きつつ、実は伊坂幸太郎の小説はゴールデンスランバーラッシュライフ」 (注)しか読んだことがない。映画化された作品も「重力ピエロ」を観ただけだ(他にもあるかもしれないが、少なくとも「伊坂作品」と認識してみたのはこれだけだ)。ただゴールデンスランバーラッシュライフ」を読んだときの印象はとても強く残っている。緻密な構成と洗練された(おそらく計算された)文体が素晴らしいのはもちろんだが、そういう分析的な理由ではなく、とにかく小説を読んで、「僕はこの人のことが大好きだ」と思った。(そう思ったのになぜ他の小説を読んでいないかというと、そもそも最近小説をほとんど読んでいないからだ。)

ゴールデンスランバー」を読んだ時、この人はそうとう聡明で、クールな人だと思っていた。しかしエッセイ「3652」を読むと、ちょっととぼけた、肩の力の抜けたところもある人なんだとわかる。それは僕にとってギャップであって、ギャップではない。なんというか、表向きはギャップなのだが、「ああ、伊坂さんてこういう人なんだね。意外だけど、わかる」という感じなのだ。そういうギャップがあるのが僕にとって「伊坂幸太郎」らしく、そういうギャップを自然に作ることができるほど、やはり聡明な人なんだと思う。


伊坂幸太郎のことを「大好きだ」(なんども書くと怪しい感じがしてくるが、けっして恋愛的な感情ではない)と思ったのは、作家や人間としての素晴らしさだけでなく、この人が自分にとても似ている、と感じたからだ。人前で話すのが得意ではなく、人に喜ばれるようなことを言って「うまく出世する人」ではない。いわゆる「政治的」な力に頼ろうとしない。反権力や「民主化」の旗をふりかざすのでもない。物静かな一人の傍観者として、軽妙に、しかし、たしかに自分自身で生きている。すべて想像にすぎないが、少なくとも僕にはそう感じられた。そして、そういうところがすこし似ている、と思ったのだ。今や大作家の伊坂さんに「似ている」なんていうと、ファンの人たちから「なんて不遜なことを!」と怒られるかもしれないが、そう思ったのだから許してください。


それで、昨夜、「3652」を読みながら、隣にいた妻に「僕は伊坂幸太郎と同じタイプの人間だと思う。きっと僕にも伊坂幸太郎のような小説が書けるに違いない!」と言ったら、鼻で笑われた。

すこしショックを受けてふたたび文庫本に目をやると、緑の帯の上にある「幻の掌編2編(を収録)」という文字が目に止まった。「掌編…って『ショウヘン』って読むのだろうか。いったい、どういう意味なんだろう?」

やっぱり、僕には小説は無理なようだ。



(注)ちょっと悪い予感がして、妻に「僕が読んだのは『ゴールデンスランバー』だったよね?」と聞いたら、「なに言ってるの。『ラッシュライフ』でしょ」と間髪言わずに返された。そりゃ、鼻で笑われるわけだ。

「できない」と言うこと

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「それはできません」ーーーーーーーーーーー。

今まで、この言葉に何度となくであってきた。会社のスタッフ、仕事を依頼しているパートナー、私的な相談相手。そのたびに、失望し、落ち込み、時にはいらいらしたり、怒りさえ感じることもあった。


なぜ、そんなに簡単に「できない」というのだろう。僕はそう思い続けてきた。でも、ある時、ひとつの疑問がおきた。人は「できない」という言葉をいったいどんな意味でつかっているのだろうか、という疑問だ。


「できない」という言葉のひとつめの意味は、「自分にはその能力がない」というものだろう。時間やお金などの外的なリソースも含め、「今の自分には」できない、という意味だ。たとえば、音楽の素養がない人が「バイオリンを弾くことはできません」と言ったり、貧乏な人が「家を買うことはできません」というような時だ。しかし、今現在は能力的に「できない」状態にあっても、そのことをやろうと思って、勉強したり努力したりすれば、将来はできるものも多いと思う。つまり、できる・できないの線をどこに引くかは、多分に主観的だ。


2番めの意味は、「(少なくとも現時点では)世の中の真理として絶対的に不可能」だというもの。たとえば「1時間でアメリカに行くことはできません」とか、「死んだ人間をよみがえらせることはできません」というのは、これにあてはまる。ただ、誰が見ても明らかなことはそうそう多くはなく、日常の事物について、「絶対的に」語るのはとても難しい。「絶対にできない」ことを証明するのは、本来、膨大な労力が必要だ。この意味で「できない」という言葉を使うのは、科学者が論文を書くのと同じくらいたいへんな仕事で、それ相応の責任をとる覚悟がいる、と僕は思う。


そして3番めには、話し手の「やりたくない」という気持ちの現われがあると思う。「できません」という言葉の本来の意味とは少し違うが、一種の婉曲用法として使われているのではないだろうか。自分の否定的な意見をストレートにいいたくないから、客観的に装った表現を使う。人間の心情としては理解するが、実務的な場所では混乱や誤解を生むだけだと思う。



このように複合的な意味をもつ言葉は、そのことを意識して使わなければコミュニケーションはおかしくなる。実際、日常の会話で「できません」と言う時、話し手の意図と受け手の意図が微妙にずれているのではないだろうか。


たとえば、僕が、まだ世の中ではあまりやっていないようなことを思いついたとする。(それはけっして突拍子もないことではなく、少なくとも世の中の「最先端」と呼ばれる人たちは手をつけているようなことだ。)そして、こんなモノを作ってみたい、と会社のスタッフやパートナーにいうと「それはできません」と返ってくる。

その時、僕は「世の中では他にやっている人もいるんだから、できないわけがない」と思う。絶対的な真理として「できる」とかんがえる。しかし相手は、自分はやり方を知らない、あるいは、自分は忙しくてそんな時間がない、つまり、自分の現在の能力の視点で「できない」といっている。あるいは、やりたくない、と思っている。発言の背後には、今はできない、あるいは、やりたくない。そして、今から勉強も努力もする気はありません、という意味がある。そのことを双方が理解しないまま会話を進めているから、大きなすれ違いがおきてしまうのだ。


そして最近気づいたのは、話し手自身が、一体どの意味で「できません」といっているのかを自分でもわかっていないのではないか、ということだ。「(自分に能力がないから)できない」と言いつづけているうちに、しだいに、それが自分の中で「(絶対的真理として)できない」にすり替わっていっているように思える。

つまり、「できない」という言葉は、その言葉を口にする人の視野を狭くし、能力を制限してしまう。ひとりよがりの偽の真理におぼれはじめると、その外にあるより広い、本当の世界(絶対的な真理)が見えなくなっていく。絶対定期な真理を語ることは難しい、と上に書いたが、それは、真理を追い求めるのをあきらめろ、ということではない。むしろその逆で、難しいものだからこそ、追い求める姿勢を常に持たなければ、すぐに「ひとりよがり」の世界に溺れてしまう。それは、映画「マトリックス」に出てくる、狭い空間に閉じ込められ、仮想的な「体験」を与えられて生きている未来の人間を連想させる。


仕事をする中で、なんでも安請け合いするのがいいとは言わない。費用や時間の面、あるいは自分の能力や経験からできないことは、そういえばいい。ただその時、単に「できない」というだけではなく、どんな理由で、どの意味で「できない」のかを明確に伝えるべきだ。そうしないと相手との間には溝がひろがるし、もっとおそろしいのは「できない」と言うことで自分の「できる」領域を狭めていく、ということ、そして、それに気がつかなくなることだ。

日本語の曖昧さは時に便利だ。しかし、言葉の曖昧さにたよるうちに、自分の存在自体も曖昧になってしまうことを意識しなければならない。

白も黒も。

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なんだか年末から風邪をこじらせたようで、今年は元旦から布団の中。「寝正月」というと聞こえがいいですが、新年のスタートからなんだかなー、という感じです。今日、ちょっと具合が良くなったので、見かねた家族が湊川神社に初詣につれていってくれました。お参りをして、参道をもどる途中で出会ったのが、この白と黒の招き猫。なんでも、右手をあげてる猫はお金を、左手をあげてるほうは人をまねいてくれるんだそうです。うーん、どっちがいいかな、そもそも僕は人生で、人とお金のどちらを大事だとおもっているのだろうか…と悩んでいると、妻が一言。「両方買えばいいんじゃない。」
というわけで、今年から2匹の招き猫もオフィスにおりますので、どうぞ拝みに来てください。もちろん、白黒つけず、両方となかよくするつもりです。

2015 正月