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モノオモイな日々 Lost in Thought

過去の覚書、現在の思い、未来への手がかり

捏造を咎められない「国家権力」を、どうして信じられるの?

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http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000066056.htmlnews.tv-asahi.co.jp

4年前、鹿児島で女性に乱暴した罪で逮捕・起訴された男性が、逆転無罪になったというニュースが有った。再審の過程で、DNA鑑定で体液が他人のものだと明らかになったそうだ。

鹿児島県警は当初「採取した体液が微量なため鑑定できなかった」と述べていたそうだ。しかし、ある専門家はテレビで、体液が採取できれば、DNA鑑定ができないことはない、と述べていた。おそらくそれは正しいだろう。警察が以前、「髪の毛一本、血液一滴からでも犯人を割り出せる」と鼻高々に言っていた覚えがあるし。

しかも、今回の捜査の途中で、県警はDNA鑑定を行っていたにもかかわらず、DNA溶液や鑑定結果のメモを廃棄していたという。



こういうニュースに接する度、「ああ、またか」という気分にさせられる。しかし、「ああ、またか」ですませてしまう自分にも腹が立つ。よく考えれば、この問題はそんなに小さな問題ではない。世の中の「非対称性」の典型だからだ。

ここ最近の出来事を振り返ってみると、たくさんの捏造があった。その多くは「民間人」や「個人」の犯罪だとされている。たとえば、研究者や企業の幹部・経営者たちだ。

捏造を行った彼らは、完全に黒と言えない段階からメディアやネットで名前や顔がさらされ、社会的に大きな制裁を受けてきた。


その一方で、今回のような警察や検察、すなわち「国家権力」をもつ人たちが行った捏造は、どうか。明らかな捏造、悪質な犯罪行為をおこなっても、彼ら個人が表に出ることはない。罰は受けたとしても、停職何ヶ月とか、傷つけられた人の苦しみに比べれば遥かに小さいと思う。少なくとも、その人たちの人生が変わるようなことはない。

つまり、この社会では、同じ捏造をしても、抹殺される人と、何も咎められない人がいる。ただ、権力と無関係な人と、権力側にいる人、というだけの違いで。

このような非対称で歪んだ世の中に疑問を感じなくなっている自分に気づき、怖くなった。これって、普段、日本人が攻めているあの国々と変わらないんじゃないだろうか?日本は進んでいる、といえるのだろうか?


こんな事実が大手を振って歩いている国で、機密情報保護法や集団的自衛権が正しく行使されるなんて、どうして信じられるのだろうか?


僕が、それらの法制に反対する根源的な理由は、こういうことにある。




(記録のため、テレビ朝日の記事テキストを転載させていただきます。転載が不可の場合はご連絡ください。ただちに消去します)

 男性に逆転無罪の判決です。

 2012年、鹿児島市の路上で当時17歳の女性が無理やり乱暴されたという事件で、飲食店に勤務していた鹿児島市在住の男性が逮捕・起訴され、1審で懲役4年の実刑判決を受けました。有罪の決め手とされたのは警察のDNA鑑定です。女性の胸に付いていた唾液(だえき)から、男性と一致するDNA型が検出されたということです。しかし、女性の体内から検出された体液のDNA型について、鹿児島県警は「微量なため鑑定できなかった」と主張していました。これに対して、弁護側は控訴します。再鑑定を請求。裁判所もこれを認めて再鑑定したところ、女性の体内から検出された体液のDNA型が鹿児島市在住の23歳の男性とは別人のものであるということが判明しました。12日の控訴審判決で、福岡高裁宮崎支部は1審の判決を破棄し、無罪判決を言い渡しました。