「刃を研ぐことを教えなかった(木こりの)親方が悪い」。
この言葉、一瞬、ジョークを言ってるのかな、とも思ったのですが、真面目にそう考えたんですよね。
この回答は間違っている、とはなから決めつけるのはよくないでしょう。木こりの話はもちろん例え話ですが、実際の仕事ではどこまでは教えて、どこから自分で考えるかはケース・バイ・ケースです。
ただ、このきこりの話が何を言おうとしているのか、を読み取る力、というのはあると思うのです。この話の場合、木を切ることと、刃を研ぐこと、それぞれが表している普遍的な意味を捉える力。そのちからは仕事だけでなく、生きていく上ですごく大事な力だと思います。
その力は最初、実際に木を切ってみなければわからない、かもしれません。教育の現場では、まず木を切らせる。でも、そこで終わってはいけない。木を切った後、この仕事をもっとよくするためにはどうれうばいいだろう、と考えることが重要です。
そして次に、それを可能な限り一般化し、自分の能力にしていく。それは結局、好奇心や想像力、ということになるでしょう。
そのようなステップを踏まずに、いきなり好奇心や創造力は身に着けられない。しかし、そこまでたどり着かないと、教育と呼べないのではないでしょうか。
「魚をあげる」より「魚の取り方を教える」のが教育の入口なら、「魚を取ろうという気持ちをおこす」のが教育の出口。その結果「教えてもいない魚とり方法を考え出す」ことにつながるのではないでしょうか。