モノオモイな日々 Lost in Thought

過去の覚書、現在の思い、未来への手がかり

すぐ忘れる

最近、自宅からオフィスまで、歩いて通っている。少し前までは自転車を使っていたのだが、なくなってしまったのだ。撤去されたのではないようなので、おそらく盗まれたのだろう。すぐに代わりの自転車を買うわけにもいかず、もともと健康のために、電車をやめて自転車で通勤するようにしたので、また電車に戻るのも癪だ。結果として、先週から、片道1時間弱の道のりを歩くことにした。


歩いていると、さまざまな考えが頭に浮かぶ。これは書き留めておこう、と思っても、あるきながらメモを取ることはできない。Siriに頼めば短いメモは取れるのだろうが、歩いているとそれさえ面倒なのだ。

オフィスに到着した時に覚えているのは、直近の1つ2つという残念なことになる。最悪、ひとつも覚えていないこともある。というか、「素晴らしいことを考えていた」という出来事さえ、忘れている。結局、歩いていた小一時間は、僕の人生の中で二度と顧みられることはない空白の時間となる。


幸運にも今朝は、オフィスに着く前に考えていたことを、オフィスに着いた時まで、ひとつ(ひとつだけだが)覚えていた。この素晴らしい考えを絶対にブログに書きとめようと決意し、オフィスでパソコンにむかって、ブログの編集画面を開く。今回は忘れる前に、必ず書くのだ! しかし、その「素晴らしい考え」を書く前に、僕は、自分がいかに思いついたことを忘れるか、ということを書き始めてしまった。それがこの文章だ。


書き始めると冷静になってくる。僕が、歩きながら「すごいことを思いついた!」と思っても、いざ文章に書きはじめると、さまざまなボロが出てくる。その時、直感的・反射的に感動したことでも、思わず「ユーレカ!」と叫んだとしても、しばらく時間がたって、冷静に、論理だてて考えてみると、ただの不完全な思い込みだった、といういこともよくある。

だからこそ、書いてみる、ということが大切なのだろう。この文章も、書きながら着地点はどんどん変わっていく。さっきまでは目の前にゴールが見えていたのに、そこにたどり着くとそこはゴールではなく、次の目標地点への入口でしかなかった、という気分だ。どこへ向かっているのかもわからなくなってくる。


ということで、この文章はもともと何を書こうとしていたのだっけ。

そうそう、歩いているとさまざまな素晴らしい考えが頭に浮かんでくる、それを書き留めたい、ということだった。その「素晴らしい考え」を忘れずに書留、他の人にも伝えたい、ということだった。でも、書いているうちに、その「素晴らしい考え」が何だったのか、忘れてしまった。現時点で、もはや、着地点もゴールもない。ふと我に返ると、緊急事態宣言も終わり、世の中が正常に戻り始めた中で、オフィスでぽつんと一人でいる僕に寂しさのような感情が襲ってくる。


さて、今日も頑張って、歩いて家に帰ることにしよう。