モノオモイな日々 Lost in Thought

過去の覚書、現在の思い、未来への手がかり

「お金で買えないもの」がある社会

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最近、朝早く目が覚める。朝からネットをするのも気が引けるし、本を読む気にもなれない。そこで、撮りためていたTV番組を見ることにしている。中でもお気に入りが、「スーパープレゼンテーション」だ。TEDの中から選りすぐりのスピーチを紹介してくるNHKの番組だが、これがどれも面白い。というか、考えさせられる。

今朝見たのは、マイケル・サンデルの「なぜ市場に市民生活を託すべきではないのか?」

サンデルは、そのスピーチの冒頭で、刑務所の監房もお金を払えば「アップグレード」できる、という例を紹介する。あるいは、テーマパークでは、お金を払えば長い列に並ばなくてもいい「ファストトラック」がある。公聴会などの列に代わりに並んでくれる「行列代行会社」もある。そこではホームレスの人たちが雇われているそうだ。野球観戦でも、まるでホテルの部屋のような高級ボックスシートが販売されている。

これらは特別な例ではない。まわりを見回してみれば、かつては商品ではなかった様々なものが、いつのまにか「買える」ようになっていることに気がつく。たしかに、お金は僕たちの社会の中により深く、より広く入り込むようになっている。それがサンデルの言う「市場社会(Market Society)」だ。

市場社会には2つの問題がある。ひとつは格差をさらに拡大すること。お金が「モノを言う」領域が増えるほど、お金を持つものがより有利になり、持たないものはさらに不利になる。

もうひとつの問題は、様々なことにお金がからむことで、僕たちのものの見方、価値観も変わっていくことだ。知らず知らずの間にお金があらゆることの尺度になり、一方で、お金以外の評価は重視されなくなる。たとえば、いくら善良で能力が高くても、お金を稼いでなければ認められない。そんな風に世の中の価値観が変わっていく。

そんな社会に僕たちはいつの間にか慣れてしまい、気が付かないうちに、その片棒を担いでさえいるのかもしれない。


一方で、「お金で買えないもの」を見直し、生き方を変えようという人たちも増えてきていると感じる。僕の周りでも、自給自足に近い生活をしている知人や、かなりの給料をもらっていた外資系の会社をやめて、自己発見をテーマにしたセミナーの講師を始めた友人がいる。

彼らが、お金で測られる今の社会を変えたい、と思っているかどうかはわからない。しかし、少なくとも、お金を一番大事なものだとは考えてはいない。

お金は人類の偉大な「発明」である。だからこそ人類社会全体に広がったのだろう。この社会全体にあまねく行き渡った道具を、このあたりで少し立ち止まって見直してみるのもいいかもしれない。あまりにも当たり前なので、見えているのに意識していない、空気のような存在について、自分はどう思うのか考えてみたい。そこから、自分がどう生きたいと思っているのかが見えてくるかもしれない。

マイケル・サンデルのスピーチは、そんなことを思わせてくれた。