モノオモイな日々 Lost in Thought

過去の覚書、現在の思い、未来への手がかり

クロが死んだ日

クロが死んだ。

今朝、オフィスで取った電話のむこうで、妻がそう言った。

ああ、ついにその時が来たんだーーーーー。

覚悟はしていた。それでも僕は、オフィスの椅子に座ったまましばらく動けなかった。




クロは、この数ヶ月、日に日につらそうになっていた。クロのお気に入りの場所は、とりかごの一番上の緑色の止まり木だったが、少し前からそこまで登るのがつらくなったようで、一段下の止まり木にとまるようになった。ここしばらくはさらにもう一つ下の止まり木にいることが多くなり、時にはエサ箱の中にはいったまま、出ようとしないこともあった。毛は逆立ち、昼間に眠ることも多くなった。日に日に死が近づいているのは明らかだった。

昨夜は家に帰ってから僕は一度もクロに目をやることはなく、今朝もクロの世話をしなかった。いつもなら鳥かごのカバーを取って、餌と水を取り替えるのは僕の役目なのに、今朝はそのままにして家を出たのだ。最期の日にクロの世話をしなかったのは心残りだけれど、僕がクロの死の第一発見者になったらきっと落ち込むだろう、そうクロは気づかってくれたのかもしれない。




クロが我が家にやってきたのは八年前、会社を作って半年ほどたった頃だ。息子が中学に合格したお祝いと誕生日のプレゼントを兼ねて、文鳥のつがいを飼うことにしたのだ。2羽は妻によって、シロとクロと名づけられた(僕は違う名前を提案したが、即座に不採択となった。その名前がなんだったのかは、もう覚えていない)。2羽はどちらも真っ白な文鳥のヒナだったのでどちらが「シロ」でもよかったのだが、片方は頭の上に黒い毛がかすかに生えていたので、そちらがクロとなづけられた。(実は僕には「かすかな黒い毛」の存在はよくわからず、シロとクロを見分けることはできなかった。結局、シロとクロがおとなになった後もずっと、見分けられないままだった。)

シロとクロは、鳥かごの外に出すと嬉々として家の中を飛び回った。棚の上にとまったり、食卓の上を跳ねまわったり、そうかと思うと突然こちらに飛んできて、僕の肩に止まったり。仕事中のノートPCのキーボードの上を跳ねまわることもあった。家族の中では僕の肩にとまることが一番多かったと思う。家庭では地位の低い僕だが、これは強調しておきたい。2羽の見分けがつかないわりには、僕はけっこう彼らに気に入られていたのだ。

シロとクロは仲が良かった。シロが他の部屋に飛んでいって見えなくなると、クロは「ピー、ピー」と不安げに呼びつづけた。シロが戻ってくると、ほっとしたように、また「ピー、ピー」と鳴いた(僕にはシロとクロの見分けがつかないので、もしかしたらシロとクロは逆かもしれない)。


シロは数年前に死んだ。なにか悪い病気に感染したのか、卵を産みすぎて体力を消耗したのかわからないが、ある日、足元がふらつくようになり、まともに止まり木にとまれなくなって、数日後には鳥かごの底にうずくまってしまった。横たわるシロの横で、クロは「ピー、ピー」と鳴き続けた。それは、シロを励ましているようでもあったし、僕たちに何とかしてくれよ、と訴えているようにも思えた。

シロがいなくなり、「一人」になったクロは、以前ほど鳴かなくなった。鳥かごの外にも出ようとしなくなった。それでも、朝、僕が目覚めて布団から出ると、その気配をさっして「ピー、ピー」と鳴くことだけは、ヒナの時から変わらなかった。「おはよー」と挨拶しているのか、「はやく餌くれよ」と訴えているのかはわからないが、毎朝聞くクロの鳴き声は、自分の生活に安らぎを与えてくれていたのだ、と今は思う。

クロの体力が衰え、もう先はながくないな、と感じ始めてからは、毎朝、「ピー、ピー」という鳴き声が聞こえてくると、ほっとした。ああ、まだ生きてる!と思えるのはささやかな幸福だった。




昨夜、会社から帰る車の中で、なぜか祖母のことを思い出した。

祖母が亡くなる数ヶ月前、僕は務めていた会社をやめ、東京から神戸に戻った。ちょうど同じ頃、妻の足にできものができて、万一、悪性のものだったらいけないからと隣町の専門病院で診察してもらうことになり、僕は何度か妻を車で隣町の病院まで連れて行った。偶然、その頃、祖母のいた「特養(特別養護老人ホーム)」が病院のすぐ近くにあった。妻が診察を受けている間、僕は手持ち無沙汰なので、祖母に面会に行くのがお決まりのコースとなった。とは言え、祖母との会話が弾むような話題はなかったし、そもそも百歳を超えた祖母は意識も衰えはじめていて、喜んでいたのかどうかもわからなかった。ただ、少なくとも僕が社会人になってから、あんなに多くの時間を祖母と共有したことはなかった。

結局、妻の足のできものは特段問題があるものではないと診断され、妻が通院する必要はなくなり、僕も祖母のいる特養を定期的に訪ねることはなくなった。

それからしばらくして、祖母は亡くなった。

祖母が亡くなる前に、僕が会社をやめて神戸に戻り、妻が隣町の病院に通院したのはすべて、祖母が僕を呼んでいたからだ、と思っている。もうひとつ不思議なことを付け加えると、祖母が亡くなった日の朝、その時飼っていた白いセキセイインコが家から逃げた。僕はセキセイインコを探しに外に出たが、結局見つかることはなく、落胆して家に戻ると、妻が悲しそうな顔で、「さっき、おばあちゃんが亡くなった、って電話があったよ」と僕に伝えた。


そんな話を、昨夜、車を運転しながら妻と交わしたところだった。

そして今日、クロもいなくなった。




エサ箱の中で横たわったクロの体は真っ白で、美しかった。その体に触ってみると、ごつごつした骨格の上にはりついた、薄い肉が感じられた。思ったより暖かく、ほのかな柔らかさもあり、まだ生きているようにも思えた。妻は、昨夜は普通に見えたのに、と悲しげに言った。少なくともクロは、傷ついたり病気になって死んだのではない。天寿をまっとうして、安らかに眠りについたのだ。そのことは、僕たちの気持ちを少し楽にしてくれた。


僕が会社を作り、息子が中学に入ったその年からずっと僕たち家族と一緒にいてくれたクロ。会社はそれなりに実績を作り、息子は大学生になって東京に行った。「もう僕の役目は果たしたよね。そろそろ休ませてよ」。きっとそう言いながら、クロは逝ったんだろう。

主のいなくなった鳥かごから、かすかに「ぴー、ぴー」という鳴き声が聞こえた気がした。


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