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モノオモイな日々 Lost in Thought

過去の覚書、現在の思い、未来への手がかり

「僕たちは『研究』している」って最強の言葉だと思う:「はっぴいえんど」が教えてくれること

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年末、NHK BSで放送された「はっぴいえんど」の番組を見た。彼らの2枚目のアルバム「風街ろまん」を録音した経緯を、細野晴臣松本隆鈴木茂のメンバー3人へのインタビューを挿入しながらたどる、という内容だった。(ちなみに、「はっぴいえんど」のもう一人のメンバーは、今年亡くなった大滝詠一。)


はっぴいえんど」は日本語によるロックを開拓したバンドだと言われる。その登場は音楽界に大きな衝撃を与えたが、その一方で日本語をロックの曲にのせるなど邪道だ、という否定派も当時少なくなかったという。はっぴいえんど批判の急先鋒の一人である内田裕也は、「よっぽど注意して聞かないと、言ってることがわかんない。ロックは英語で歌うもんだ」と言った。

そんな批判を受けても「はっぴいえんど」のメンバーは動じなかった。細野晴臣は言う。「内田さんはぼくたちより視野が広かったんですよ。ビジネスを考えていたんです。でも、ぼくたちは『研究』していたんですね」。


細野の、この言葉はがつん、と来た。「理論家」大滝や細野の過去の言動を思い出して、「ああ、『はっぴいえんど』らしいな」と思いながら、今の世の中に欠けていることを、細野の「研究」という言葉に感じたのだ。

熱意なら負けない、という人は多い。経験はないが才能はある、と強がりを言うのは若者の常だ。でも誰よりも「研究」している、と言い切れるクリエーターーーーークリエータにかぎらず、どんな分野の人でもいいーーーーーは、そんなに多くはいない。「研究」という言葉が堅苦しいなら、より良い方法を考え、試行錯誤で実験し、より良いものを作りあげること、と言い換えてもいい。モノを作る人なら当たり前の行為かもしれないが、最近、その当たり前のことがどんどんおろそかになっているような気がする。ただモノマネをするだけで、自分で考えていない。考えて、自分自身で確かめる、という基本的なことをやっていない。「研究」がなければ、誰もやっていなかったことなど絶対にできないと思う。


はっぴいえんど」は商業的には成功しなかった。「風街ろまん」は1000枚しか売れず、彼らは3年間でアルバムを3枚出しただけで解散した。他の人と違うことを初めてやる人たちは、たいていむくわれない。それは開拓者の宿命だ。しかし、たまに現れる開拓者が荒れ地を開拓し、苦労して作った小さな道は、後世の人々の宝になる。その、最大の賛辞を送られるべき仕事を支えるのが、「研究」という行為ではないだろうか。

実際、「はっぴいえんど」解散後、各メンバーはそれぞれ違った形で日本の音楽界を開拓し続けた。そんな類まれなる才能が、3年間という短い期間とは言え、ひとつのグループとして活動していたなんて、想像するだけで体が震える。


さすがに僕が今から開拓者になれる可能性は小さいけれど、少なくとも、これから出てくる開拓者たちを認める一人でありたいと思う。開拓者とは、人類という種が進化するために最高の遺伝子が発現した生命体だ、と思うからだ。



ーーーーーー以下、余談。

僕は「はっぴいえんど」をリアルタイムでは知らない。結成された1970年はちょうど小学校に入った年。地方都市の郊外で毎日友だちと日が暮れるまで遊びまわっていた子どもには、「ロック」などといいう世界は無縁だった。その後もバンドの名前は耳にすることはあっても、音楽自体を聞くことはなかった。

はじめて聴いたこのバンドの曲は、矢野顕子がカバーした「風をあつめて」だった。大学生の頃、百萬遍の一角にある居酒屋に先輩たちと飲みに行った時、店内に流れていた曲に僕は一瞬で心を奪われた。「なんて不思議で魅力的な曲なんだろう。」先輩や友人の話はそっちのけで、ずっと耳を傾けていたことを今でも覚えている。

その後しばらくして、それが「風をあつめて」という曲だということ、そして原曲は「はっぴいえんど」というバンドが作ったのだ、ということを知った。

自分の人生の中で、音楽とこんな純粋な出会い方をした経験はあまりない。(たいていは、プロフィールや、どれくらい人気になっているかなどの「情報」が先にあって、肝心の音楽を聞く時は少なからず先入観を持ってしまっているからだ。)僕が心から「はっぴいえんど」はすごいバンドだ、と思えるのは、この体験があるからだと思う。