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モノオモイな日々 Lost in Thought

過去の覚書、現在の思い、未来への手がかり

プロトタイプの効用

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明日が納期なのに、まだ半分もできてない。徹夜は必死。もちろん助っ人も投入しなければ。色々気になるところはあるが、細かいところは目をつぶって、とにかく間に合わせるしかない!

よくある制作現場の風景ではないだろうか。(うちの会社だけではないと思いたい…)。どうしてこうなってしまうのだろう。どうすれば、この「地獄絵図」から抜け出せるのだろう。


制作にかぎらず、どんな仕事も、QCD = Quality品質, Costコスト、 Delivery納期を満足することにつきる。社会人になれば、まっさきに習うことだ。(ちなみにフリーや小規模オフィスのクリエイティブ関係の人々は、そもそも"QCD"と言う言葉も知らない人が多いけれど。)

クリエイターやエンジニアの気持ちはわかる。作る側の立場に立つと、「早く・安く作ることだけ考えて、出来栄えがお粗末なものになってもいけない」、と言う思考が働く。根っこにあるのは、作り手としてのプライドだ。プライドが悪いとは言わないが、仕事としての評価はけっしてQ、品質だけではないことを、十分認識しければならない。いくら良い物を作っても、コストや納期が満足されなければアウトだ。(ちなみに、Qだけを追求し、CやDを忘れることが許されるのは、「巨匠」と呼ばれる人たちだけだ。)あるいは、最初はQだけに集中するが、結局、時間切れや費用不足で品質も中途半端に終ってしまう。いずれにせよ、次の仕事は来ない。

もちろんQCD空間のどこを狙うかは仕事によって変わるが、少なくともQCDそれぞれが最低限満たすべき条件はクリアしなければならない。それが仕事を、「趣味」や「作品」と分けるための(言い換えれば、作ることと引き換えにお金をもらうための)最低条件だ。


「そんなことはわかっている。誰だってQCDを満足したい。けれど、現実には色々なことがあって、そううまくはいかないんだよ。どんな方法でやればよいの?」

作り手はそう思う。僕自身、作り手として、そう思ってきた。

結論から言えば、目から鱗が落ちるような「黄金の方法」はない。
でも、だからといって、結局、今までと同じやり方をして、同じ徹夜を繰り返し、完全に満足できないものを世の中に出していってよいのだろうか?


この状況から抜け出すために、僕が最近思うキーワードは、「プロトタイプ」だ。

ある仕事が与えられた時、その仕事を完遂させる(=QCDを満足する)「設計図」を書く。映像であればシナリオや絵コンテ、デザインであればラフ案、プログラムならフローチャートや機能図だ。理想的な「設計図」は、十分なリサーチをし、最適な方法を考えて、それを書類にしたものだ。「設計図」の通り実行すれば、完璧な仕事ができるはず…。

しかし、いくら時間と労力をかけて作った「設計図」でも、必ず抜けや間違いがある。まさに「現実には色々なことがあって」、考えていたとおりには物事は進まない。(例えば、パートナーが風邪で倒れるとか、使っていたPCがクラッシュする、なども含めて!)

ではどうすればよいのか −−−− その答は「プロトタイプを作る」ことから見えてくる、と思うのだ。

人間の思考能力なんてたかが知れている。ならば、設計図を書くのに時間をかけすぎないことだ。

それよりも、まず実際に何か作ってみる。プロトタイプを作ってみる。

プロトタイピングは、けっしてきれいなものや完璧なものを目指す必要はない(クリエイター諸君、プライドを捨てよ)。それよりも、自分が考えた作業がどんなものかを「体感する」ことに意味がある。この方法なら行けそうだ、とか、まだ何かが足らない、という感触を得る。場合によっては、考えたやり方は間違っていて、別な方法を考える必要がある、ということになるかもしれない。うまくいかなかったことも含めて、全てがプロトタイピングの成果だ。

ラフなものであってもひと通りの作業を最後まで行えば、必ず多くのものが得られる。その大半は(控えめに言っても、その一部は)、設計図の段階では考えてもいなかったことのはずだ。

また、プロトタイプを作ることで、自分以外の人たちと考えを共有できることもメリットだ。そして、自分では気がつかなかった問題を発見できたり、考えつかなかったアイデアをもらったりすることもできるだろう。


何よりも、一度プロトタイプを作っておけば、本番の制作作業は物理的にも精神的にも、とても楽になる。2回めの作業が1回目よりはるかに楽であることは、誰しも知っているだろう。初めての場所に行くのはエネルギーもいるし、時間もかかるが、再び訪れるのは簡単なのと同じだ。


ひとつ、付け加える。

プロトタイピングを実行する時、設計図を作る時間を減らす代わりに、作業の記録には時間をかけるべし。「どんなことを行ったか」「どんな問題があったか」等の記録は、たいへん重要な情報になる。
その情報を得るのが、プロトタイプの目的だ、と言っても過言ではないと思う。プロトタイピングの目的は制作物そのものではなく、作る方法の確認と評価なのだから。


様々な制作ツールのコストが低下したことも、プロトタイピングの追い風になっている。
がちがちに計画したプロジェクトより、「とりあえず何か作ってみよう」という気軽な感じの方が良い物が生まれる。そんな時代になったことを感じ取る必要がある。