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モノオモイな日々 Lost in Thought

過去の覚書、現在の思い、未来への手がかり

見ているもの、見えているもの、そして自分

何かを始めようとする時、何かを知りたいと思う時、偶然、関係のある情報が得られることがある。「偶然」と言うより、こういうことが知りたい、と思うと、そういう情報がむこうからやってくるかのように感じる。これは「偶然」とか「神様が導いてくれた」と言うよりも、もっと能動的な、人間の持つ隠された能力なのだろう。

つまり、外界の様々な情報を人間は無意識に識別し、自分に必要な物を取り出している。人間は「見えている」ものをすべて「見ている」わけではない。「見えているもの」から「見るもの」を自分自身で選んでいるのだ。

逆に言えば、今自分が「見ている」と思っているものより、「見えているもの」は格段に多いはずだ。自分では意識できないので、いったいどれくらいのものが見えているのかはわからないが、そういう「見えているがその時は意識されないもの」も、脳のどこかに記憶として残っているのではないだろうか。その蓄積は感情や勘となって、その人の判断や生き方に影響していると思う。

日々のすべての出来事ーーーどこへ行って、何を見るか。誰と会って何を話すかーーー些細な事も含め、すべての行動は自分の中に蓄積され、それが自分を作っているのだと思う。

意識していないことも含めて、日々の行動の蓄積のすべてが、自分自身を作る。今、見えている「自分」とは、過去の全ての行動の結晶なのだ。

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